野川出版の Blog

「僕はビアズレイでなくても一向かまわんですよ。」

太宰治著『ダス・ゲマイネ』の中で、馬場から紹介された佐竹という東京美術学校の生徒はこう言った。
「僕はビアズレイでなくても一向かまわんですよ。懸命に画をかいて、高い価で売って、遊ぶ。それで結構なんです」
そして、その姿は巖のように自然であったと言う。
ビアズレイは、19世紀イギリスのイラストレーターである。オスカー・ワイルド作『サロメ』の挿絵を描いたことでも知られる。
佐竹がビアズレイでなくても一向かまわんと言ったのは、馬場が彼のことをビアズレイに匹敵すると言ったことを受けてのことだと思われる。
佐竹は冷めきった人物として描かれている。しかし、その台詞は、芸術を志す人にとって妙に心を軽くしてくれる。
芸術を志す人は、常に含羞を抱えていると言ってよい。「有名になりたいのか?」なんて言われたら、描きためてきた作品を燃やしてしまいたいくらいである。そこへ、「高い価で売って、遊ぶ」それでいいと言ってくれたら、気が楽である。
そもそも、そんな大それたことをしたい訳でもないのだ。芸術は遊びである。楽しんでくれたらそれでよい。