野川出版の Blog

「日本のスタヴロギン君」

ニコライ・スタヴロギンは、ドストエフスキー著『悪霊』に登場する人物であり、太宰治が『狂言の神』の中で、「日本のスタヴロギン君には、縊死という手段を選出するのに、永いこと部屋をぐるぐる歩きまわってあれこれと思い煩う必要がなかったのである。」と言っているのは、『悪霊』のスタヴロギンが縊死(首吊り自殺)を遂げたからである。
この記述から、太宰治もドストエフスキーを読んでいたことが確認できる。
それにしても、「日本のスタヴロギン君」とは、「平成の火野正平」も「和製イートン校」も霞む絶妙な言葉のセンスである。
私の読んだところ、ドストエフスキーの描くニコライ・スタヴロギンは狂気を孕んだ複雑怪奇な人物であったが、『狂言の神』の主人公「私」の悩みは平凡であるし、首吊りが苦しすぎて自殺を途中で思いとどまる。そして、ポケットの中に煙草があったことを思い出して、一服する。
「私」は、徹底的に「こっち側」の人間として描かれているのである。そして、それが太宰治が日本でこれほど長く読まれている理由なのだろう。