太宰治著『走れメロス』の最後には「古伝説と、シルレルの詩から。」とある。
この「シルレル」は、ドイツの詩人、劇作家、歴史家、思想家のフリードヒ・フォン・シラー(1759~1805年)のことなんだそうである。
『走れメロス』は、シラーがギリシャ、ローマの古典に着想を得て書いた詩を元に創作されたらしい。その意味では、何重にも元ネタがあるということになる。
実は、太宰治の他の作品にも「シルレル」は登場する。
『ダス・ゲマイネ』には、馬場の服装を評して、「シルレルの外套」と言っている箇所がある。「天鵞絨と紐釦がむやみに多く、色は見事な銀鼠であって、話にならんほどにだぶだぶしていた。」何故これがシラーのマントなのかはよくわからないが、よく晴れた日の真昼間、上野公園の甘酒屋で出会った男の風貌としては場違いな感じがするのは、よくわかる。
もしも修学旅行で相部屋になった同級生が晩年の石原裕次郎のようにバスローブを着こなしていたら、もしも今年の新入社員が白いベンツで通勤していたら、もしもカスタマーサービスの対応が K-POP アイドルのような日本語だったら。いろんな場違いを想像してみるのも楽しいが、『ダス・ゲマイネ』の主人公「私」も大学に馴染めていないのである。そして、きっと読者たちも。そのような人たちの架空の憩いの場所として、文学が機能しているのは間違いない。
