太宰治著『冬の花火』で、数枝が書きかけの手紙を読み上げるシーンがある。そこには、次のような言葉があった。
“どうして日本のひとたちは、こんなに誰もかれも指導者になるのが好きなのでしょう。大戦中もへんな指導者ばかり多くて閉口だったけれど、こんどはまた日本再建とやらの指導者のインフレーションのようですね。”
現在でも、ビジネス本の類でリーダーシップを説くものが氾濫しているが、この風潮は戦中、戦後、戦後80年経っても変わらないのかと思うと笑える話である。
『冬の花火』は昭和21年6月に発表された作品であり、敗戦から1年も経っていないのだが、もうすでに戦後の日本再建に対する虚しさが漂っている。
昭和20年10月から翌年の1月まで新聞の連載小説として発表された『パンドラの匣』には古い時代の終りと新しい時代への希望が感じられるのと対照的である。
これは日本に限らないことだと思うのだが、古い体制の崩壊と新しい体制の登場には、新しい時代への期待が伴うのだが、しばらくすれば本質は何も変わっていないという振り戻しがやって来る。
小説家というのが、ある意味あってもなくてもいい仕事であり、社会から浮いている存在であることは否めないが、時代の空気をいち早く感じ取り言葉に出来る才能が、時代を越えて人間の営みを我々に伝えてくれる。
